電動カートによる高齢者のQOL向上を見える化

ヤマハ発動機株式会社

客観的な分析評価のノウハウを求めて

 時速20キロ未満で公道を走る電動車や、それを活用した小規模移動サービスのことを「グリーンスローモビリティ(通称:グリスロまたはGSM)」といいます。これは、自動車よりも運転が簡単で狭い路地でも通行が可能なため、高齢化が進む地域での移動手段や観光客の周遊用途などに活用でき、脱炭素化社会にふさわしい新しい乗り物として大きく注目されています。

 ヤマハ発動機では、半世紀の歴史をもつゴルフカーの製造技術をベースに、操作性・居住性・メンテナンス性に優れたグリスロを開発・販売しています。2014年からはじめた全国での公道実証実験や本格導入への協力活動は100件を超え、そのパフォーマンスと利便性で広く評価されています。

 このグリスロの一番の利用者は高齢者ですが、移動手段としての役割だけでなく、「車内で会話が弾む」という評価も利用者から伺っていました。このことから、高齢者にとってグリスロは移動手段だけでなく、コミュニケーションツールとしても成立しているのではないかと社内で仮説を立てました。

 一方で、そうした利用者の声をどのように評価すればいいかのノウハウが当社にはなく、しかもメーカー自身が評価方法を決めても客観性に問題が残ると考え、大学などの専門機関と連携する必要性を検討していました。

 そのようななか、2019年に千葉県松戸市が当社のグリスロを使用して千葉大学と自治体で共同検証されていることを知って、松戸市にヒアリングに伺ったのがWACoとつながるきっかけでした。予防医学に基づく健康で活動的なまちづくりをめざすというWACoの考えを知ってその志に共感し、同じ想いの企業が千葉大学と連携している場に加わることで、当社単独では得られないノウハウや知見を得られるのではないかと期待し参画しました。

WACoの実証実験でもグリスロが
コミュニケーションツールとしての結果が得られた

 公共交通機関が縮退傾向にある各自治体の方とお話すると、グリスロは事業的な観点で導入が難しいという声が少なくありません。しかし、グリスロで高齢者の移動問題を解決するとともに、外出体験によって利用者が健康になることが分かれば、自治体負担の社会保障費軽減メリットも視野に入って導入しやすいのではと考え、移動以外の知見もお持ちの千葉大学予防医学センター近藤克則教授のチームと一緒に実証実験をはじめさせていただきました。

 具体的には、社会課題となっている高齢者の移動不便の解消と、高齢者の介護予防・社会保障費抑制効果等を検証することを目的に、2021年から3自治体(5地域) 合計8台の電動カートを2021年は2ヵ月、2022年は6ヵ月走行させ、その前後にアンケート調査を実施しました。

 この共同実証実験では、電動カートの導入により高齢者の健康増進に関連する行動につながるかを調べるために、まず高齢者が使いやすい運行方法が重要でした。せっかく電動カートを走らせても、乗っていただけないと検証はできません。

 高齢者の行動特性を基にした、高齢者が利用しやすい運行方法を近藤先生から提示していただき、あとは自治体と地域の特性を加味しながら、コースや時間などの運行内容を決めていきました。

 初年度である2021年の共同実証実験ではグリスロの利用率を調べるために、WACoのつながりでソフトウェアのリーディングカンパニーのチェックインシステムを活用しました。そのおかげで、短期間で準備ができて集計も効率的に行うことができました。

 翌2022年には、グリスロをバスのように定時定ルートを循環させるパターンのほか、デマンド型としてタクシーのように予約して利用してもらうシステムを用意し、6ヵ月間の実証実験を実施しました。実証実験前は、希望の時間に行きたい場所へ移動できるデマンド型の利用者が多いと思われていたのですが、「自分だけのためにわざわざ来てもらうのが申し訳ない」「電話で話をするのは気を遣い、面倒」といった気遣いもあり、高齢者の方が便利さだけで利用するわけではないという大きな気づきがありました。

 この実証実験は2023年まで実施しました。その最終的な結果はまだですが、傾向は見えてきています。電動カート導入前と比べ、乗客の95.3%が誰かと会話しているということや、走行前後の利用者の状況をカート利用者群と非利用者群で比較すると、健康増進に関連する各種指標が向上したことが分かっています。当社が仮説を立てたコミュニケーションの場として活用されていることも確認できました。

 また、このような実証実験を実施できたことと共に、月に一度開催されるWACoの定例会では、他の研究開発情報を伺うことで刺激を受け、研究開発のいろいろな面で参考にさせていただいています。

 当社は企業目的に「感動創造企業」を掲げています。そのため、乗り物を作って終わりではなく、人と人をつなぐコミュニケーションツールとして、当社のグリスロがまちを活性化し、健康になるまちづくりの一端を担えることを、今回の共同実証実験の結果からもっと示していきたいと思っています。

大阪府河内長野市
奈良県北葛城郡王寺町

西澤 加奈子

Lee Jianhong

※部署・役職名は取材時のものです