健康になれる建物・まちづくりをめざして 多面的な効果を分析・評価するしくみを構築

株式会社竹中工務店

本社オフィスを対象に
毎年社員3,000人規模の調査を実施

 竹中工務店では2015年から、建築やまちづくりの観点から健康になれる空間について考える「健築」というコンセプトによる活動を千葉大学とともに行っており、2016年には千葉大学予防医学センターに「健康空間・まちづくり寄付研究部門」を立ち上げました。

 その前段として、2007年頃より「人にやさしい空間」という、環境が人間の生理・心理に与える影響と、そのような状況における人間の反応や行動に関する科学的エビデンス獲得のための研究を進めていました。「健康と建築」というテーマでさまざまな研究者の方々にヒアリングする中で、建築出身である千葉大学予防医学センターの花里真道准教授から、助言等を頂くご縁から、千葉大学とともに「健築」の活動を始めることになりました。「健築」の活動ではさらに予防医学に着目して、医学・健康づくりと建物・まちづくりとをかけ合わせる取り組みを行っています。これが千葉大学OPERAによる健康で活動的なコミュニティ:WACoへの参画につながっています。

 環境と人を考える中で当社が着目したのは、多様な人間一人一人の健康や能力の発揮といったプラスに寄与できる建築空間の実現です。たとえば、人の多様性に合わせてオフィスなどの環境を制御していくことで、ワーカーの生産性を高められるのではないか、といった研究に着手しました。

 研究を進める中で、オフィスに対しても健康経営の考え方や指標が取り入れられることも多くなり、建築に求められる機能のキーワードが増えていきました。

 2016年からは、当社のオフィスを対象に毎年約3,000人の従業員に調査を行い、環境がワーカーのワーク・エンゲージメントなどにどう寄与するかに関しての分析を行い、エビデンスを固めていく作業を行っています。

 具体的には、「オフィス環境が、ワーク・エンゲージメント・健康・行動に及ぼす影響」に関するアンケート調査で、「空間」が人にどういう影響を与えているかを、疫学の手法を用いて、統計的に明らかにしています。たとえば、さまざまな働き方の中でも、複数箇所のワークスペースを使い分けている「アクティブワーカー」というタイプの働き方をしている従業員の方が、通常の固定のデスクで働いている従業員よりも健康でいきいき働いており、パフォーマンスも高いという仮説のもと研究を進めています。

 当社の東京オフィス・大阪オフィスのフロアは中央に見通しのよい階段が吹き抜けた構造になっています。階段利用による効果として「ソーシャルキャピタルの向上」が確認されており、従業員同士のつながりの向上が期待されています。また、階段の上り下りが健康につながる側面もあります。アンケートのほかに、ウェアラブルデバイスを利用した客観的データも収集しながら、効果を測っているところです。

企画段階からエビデンスや
評価・展開のサイクルを取り入れる

 WACoでの成果の1つ目は、建物の空間デザインにプログラムやエビデンスを取り込む仕組みや、効果をチェックして評価するためのサイクルを実現できたことです。

 従来は漠然と「健康になれる建物」をめざして、設計者それぞれの経験や思いをもとにして計画してきました。しかし千葉大学との協業以降は、研究者の視点で再評価するとともに、エビデンスの裏付けも得ながら取り組むことで客観性を持つことができ、ブランド力向上にもつながりました。

 さらに当社では、千葉大学とともに、エビデンスや要素をまとめた「コンセプティングツール」として「建物版」「まちづくり版」の2種類を構築し、建物の設計やデザインに活用しています。

 現在、複数のプロジェクトにおいてこのツールをもとに作成したプランを評価するまでの流れを作った段階です。今後、それを新たな建築プラン作成に活かし、さらに効果を評価するためのデータ収集の仕組みづくりを行う予定です。

 また、当社が進めている緑化プロジェクトで、建物での緑の使われ方がどのような印象を与えるかを評価するために、LINEアプリを使った仕組みを検討中です。また建物の外構に歩行を促すデザインを取り入れる計画でも、LINEアプリと連携したデータ収集の仕組みを実装するなど、ITを活用した効果検証の仕組みづくりにも取り組んでいます。

 WACo成果の2つ目は、目的を同じくするパートナー企業と連携し、「健康になれる建物、まちづくり」という考え方を社会に広くアピールできたことです。

 一例がイオンモール宮崎における、健康プログラムの開発および健康コミュニティ支援技術の構築です。このプロジェクトではイオンモールさんと千葉大学との3者による連携を広くアピールできる機会となりました。

 ただ、残念なのが、コロナ禍により、OPERAの目的であったオープンイノベーションがなかなか進まなかったことです。それまでは、千葉大学を通じたステークホルダーコミュニケーションやシンポジウムの開催などで、有識者やニーズを持つ人達とのディスカッションの場を持つことができていたのですが、これもコロナ禍でできなくなりました。コロナ禍が明けて、WACoの共創活動がどのように展開するかはわかりませんが、今後も盛り上がることを期待しています。

 WACoにおいて重要な役割を果たしてきた千葉大学の基本的な姿勢で評価するのは、研究を論文の発表に終わらせず、「エビデンスをベースとした空間デザイン・設計手法」などの技術として確立し、建築プロジェクトに社会実装するというゴールまでを見据えた活動に重点を置いているところです。たとえば、「健康になれる建物・まちづくり」の考え方を社内イベントなどで花里真道准教授に講演頂くことも多く、これらを通じて実際のプロジェクトに活用する機会を得るなどのご協力を頂けることも、企業としてありがたく感じています。

 また現在、策定が進んでいる厚生労働省の「健康日本21」(第三次)には、千葉大学予防医学センターの近藤克則教授も参画されており、自ずと健康になるまちづくりなども盛り込まれ、エビデンスを示すだけでなく、効果を評価して世の中に展開するサイクルも重要な要素になってくるでしょう。当社が千葉大学と取り組んでいるアプローチも、さまざまなシーンで重要になってくると期待しています。

西田 恵

※部署・役職名は取材時のものです